« あいも変わらず | トップページ | ムンク展 »

2018年11月10日 (土)

秋香る 松戸の水辺散策と戸定邸を訪ねて

007
JR東日本の「秋香る 松戸の水辺散策と戸定邸を訪ねて」に参加しました。
松戸駅で受付後、西口からスタートです。
千葉県民ですが、松戸駅に来たのは初めて。

009
駅前通りを歩いて

026
坂川沿いを辿って松戸神社です。
1626年に創建された松戸の総鎮守。
日本武尊が臣下とこの地で待ち合わせたことから
「待つさと=待つ土(松戸)」という地名の由来になったそうです。
七五三の親子連れで賑わっていました。

057
更に坂川を進みます。
この場所は明治時代に最後の将軍だった徳川慶喜が写真撮影をしたアングル。
慶喜は親しかった弟で最後の水戸徳川家藩主だった徳川昭武が住んでいた松戸にしばしば訪れて一緒に写真撮影を楽しんでいたそうです。

070
小山樋門橋(めがね橋)です。
1898年に架けられた千葉県最古のレンガ橋。

074
坂川を離れて陸橋を登り

085
浅間神社です。
1647年創建、丘陵地上の山を富士山に見立てて信仰したそう。
ということで登ります。
今日は丘陵地を歩いて見どころは見晴らしの良い場所が多いので坂を上ったり下りたり(汗

098
階段を下りて暫く進むと今度は神明神社です。
これも小山の上。

111
再び坂川沿いになり坂川親水広場です。
夏は築山から水が流れて水遊びができるそうです。

145
坂川沿いを歩きます。

133
坂川と江戸川に挟まれた土地は矢切耕地という耕作地になっていて延々と畑が続きます。
畑と江戸川の向こうにスカイツリーが見えていましたが、雨上がりで地表近くが霞んでいたのでデジカメだと写りませんね。

161
畑の端では色とりどりに小菊が咲いていました。

158
矢切橋を渡ります。
欄干は矢切の渡しと野菊かな。

162
擁壁でツタの鮮やかな紅葉。

179
またもや高台に登って西蓮寺には野菊の墓文学碑。
伊藤左千夫の「野菊の墓」はこの周辺が舞台だそうです。

そしてこの高台(国府台)周辺は戦国時代の1538年と1564年の二度にわたり北条氏と里見氏による国府台の合戦が起こった史跡とのこと。

185
隣接した野菊苑からは矢切耕地と江戸川越し東京側が見えます。

190
大きな農家の続く道を進み

191
矢喰村庚申塚です。
戦国時代の国府台合戦の悲惨さから弓矢を嫌い「矢喰い」となったとも言われるそうです。
矢切とか矢喰いとか合戦の地らしい名が残っているのですね。

207
対面には矢切神社です。
1704年の江戸川の大洪水後に下矢切の鎮守としたそうです。

210
市街地に戻り県道を進み

230
常磐線沿いの坂道を登ってまたもや高台へ。

306
旧徳川昭武邸の戸定が丘歴史公園です。
その中にある戸定邸は国重文。
1884年築の明治時代の水戸徳川家の屋敷。
明治以降、関東大震災も戦争も東日本大震災でも被災せず完存だそう。

兄の徳川慶喜が何度も訪れ多くの皇族が長期滞在したそうです。
庭には芝生が植えられ日本最古の洋風庭園だそうで名勝です。

351
菊花祭が開催中で屋敷の内外に各種の菊が展示されていました。
庭は洋風ですが建物は和風です。

275
室内にも大菊や盆栽菊など

436
これは江戸菊かな。

445
戸定邸を出て歴史公園内を散策します。

449
東屋からは江戸川越しに富士山が見えるのですが、この日は地表近くが霞んでいて見えませんでした。
関東の富士見百景だそうです。

498
歴史公園内では紅葉が始まっていました。

509
歴史公園を出て戸定みその坂を下り

513
市街地を歩いて

519
松戸駅東口でゴールです。

door to doorで23,470歩、15.25kmのウォーキングでした。

|

« あいも変わらず | トップページ | ムンク展 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« あいも変わらず | トップページ | ムンク展 »