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2019年11月30日 (土)

歴史と自然のまち松戸「千多堀」ハイキング

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JR東日本の「歴史と自然のまち松戸『千多堀』ハイキング」に参加しました。
松戸駅で受付後MAPを受け取りスタートです。

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駅前の通りを歩き始めます。

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程なくして坂を登ると戸定が丘歴史公園です。
徳川最後の将軍徳川慶喜の弟、徳川昭武の屋敷跡で明治以降の近代徳川家の住居と庭園が公開されている唯一の場所です。

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屋敷に入り庭園部分も期間限定で降りられます。

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庭園は紅葉が綺麗。

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1884年築の屋敷です。
所々に葵の意匠が散りばめられています。

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庭園からは富士山も見えますが、後から出来たタワマンに邪魔されていますね~。

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公園内には戸定歴史館があり、徳川昭武の遺品や慶喜伝来の品などを展示。
今の企画展は「1867年万博使節団の明治~サムライたちの選択」、激動の時代に懸命に生き抜いてきた昭武主従の記録でした。

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歴史館の周辺は紅葉真っ盛り。

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売店で戸定あんぱんを、徳川葵を象ったあんぱんで「つぶあん」「抹茶あん」「コーヒーあん」が入っています。

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戸定が丘歴史公園を出て坂を下り、再び登ります。
この周辺は丘陵地なので今日のコースは坂を登ったり下りたりが続きます。

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松戸中央公園です。
旧陸軍工兵学校の跡地で当時の正門などがそのまま残っています。
千葉は割合軍事施設が多いですね。

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松戸街道を進み

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道を折れて住宅街へ

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更に細い道に入り神明神社です。
神明神社とは江戸時代に新田開発の際に盛んに創建されたものでこちらもその一つ。
この周辺は1673年に松戸新田が開かれたそうです。

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更に住宅街の中を登ったり降りたり

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新京成線の松戸新田駅の横を過ぎます。
駅名にも残っているのですね。

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更に進み千多堀湧水広場です。
住宅街の中に残された山林に囲まれた遊水池にある公園。
ここで一休み。

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山林の中に入ります。
畑の上の紅葉が綺麗。

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山林を出て武蔵野線沿いに歩き

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21世紀の森と広場の中にある松戸市立博物館です。
今回は時間の関係で外観のみ。

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21世紀の森と広場は千多堀一帯の湿地帯や森林と言った昔からある自然を生かして整備された公園です。
東京ドーム11個分の広さの園内には様々な施設があり市民憩いの公園です。

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今は紅葉真っ盛り。

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東屋でしばし紅葉を楽しみました。

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森のホール21を横目に見て公園を出て

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さくら通りを降りて

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新八柱駅でゴール。

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お疲れご飯は新八柱駅近くで中華。

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最寄り駅に戻ると駅のホームから富士山が見えました。

door to doorで27,389歩、17.8km」のウォーキングでした。

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2019年11月29日 (金)

大嘗宮と皇居東御苑

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東京駅に来たので、公開中の大嘗宮を観覧に行きます。
坂下門から入場、いえ入城して

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普段は見ることの出来ない蓮池濠の石垣と紅葉。

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ちょうど紅葉がピーク、十月桜も咲いていました。

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富士見櫓を仰ぎ見ながら本丸に誘導されます。
青空が目に染みます。

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大嘗宮が見えてきました。
元は江戸城大奥跡の芝生があった場所。
大嘗宮解体後は再び芝をはり直すのか、別の何かを設置するのか気になるところ。

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大嘗宮は古式ゆかしい流石の静謐さが漂ってきます。
豪華さはありませんが、簡素な美が日本らしいですね。

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しかし入手困難な部材と技巧が使われていると思われるので、解体後は全国の神社などに寄付されると喜ばれると思いますが…。

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芝垣に刺されている枝は榊かな?
依代?魔除け?結界的なものでしょうか?

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神饌を調理した膳屋の筵の壁にもザクザク刺されています。
魔除けかお呪いかなぁ?

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普通の神殿の建物と違って皮付きの木材が使われています。
加工なしでこれほどまっすぐな木材を集めるのは大変だったと思われます。

色々な角度からディテールを興味深く拝見しました。
次の時は多分見ることは出来ないかもですし?
お天気にも恵まれて良かったです。

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二の丸庭園に降りて行くとこちらも紅葉が綺麗。
都心の真ん中で自然林が楽しめるのが素晴らしい。

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三の丸尚蔵館も拝見。
展示は「大礼-慶祝のかたち」。
大正天皇と昭和天皇の即位の際に国内外から献上・贈呈された品が展示されています。
素晴らしい超絶技巧の品々でした。

三の丸尚蔵館は隣接地に拡大新築中、それは良いのですが本丸天守閣内に新築の(勝手な)野望は潰えることに…(^^;)

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印象派からその先へ-展

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「印象派からその先へ-」展を観に三菱一号館へ行ってきました。
住宅建材メーカーの吉野石膏のコレクション展です。

印象派の巨匠の作品を中心に、そこから近代のシャガールや現代絵画へと続くコレクションです。
印象派は有名どころの画家のなかなか良い絵を揃えていますしシャガールのコレクションも素晴らしい。

しかし、ポスターにもなっているルノワールの作品だけは中途半端なラインナップなのが惜しい。
それだけルノワールの作品は飛び抜けて高価と言うことなのか、それとも実はルノワールは余り好きじゃなくて本気で勝負して収集する気にならなかったのかと勘ぐってしまいました。
いや、全体で観ると良いコレクションなのですが、メインをルノワールで推しているのでその点が気になりました。

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記念撮影コーナーは複製画を数点。

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本日のお土産

定番のクリアファイルとポストカードです。

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ランチをして、せっかく東京駅に来たので皇居東御苑で公開されている大嘗宮を拝見に行きます。
別記事でUPします。

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2019年11月25日 (月)

ありがとうございます

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ぴいたの為にお花や、ブログへのコメントやお悔やみのメールをありがとうございます。
皆様の優しいお心遣いで励まされます。
ぴいたの事を思って下さり心慰められる思いです。

暫くはぴいた追悼の記事が続くと思いますが、少しづつでもぴいたロスを乗り越えて行ければと思っています。

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2019年11月24日 (日)

初七日とフード類の整理

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早いものでぴいたの初七日です。
好物のブロッコリーを供えました。

信心深くはないのですが、こうやって手順を踏んで儀式を行うと少しづつ気持ちの整理がついてゆく気がします。
法事というのも理にかなっているというか意味があるのですね。
(僧侶の孫なのに不謹慎)

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ぴいたの残したものも少しづつ整理してゆきます。

お世話になったペット葬儀社が受け付けて動物福祉団体に寄付してくれるというので、未開封のフード類と未使用のわらまっととカイロケース、猫砂は開封していてもOKなのでこれらを持ち込んできました。
フードが銘柄指定ではないのは助かります。

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開封済みのフード類と牧草、未開封でも賞味期限が近いものは処分。

ケージ類はまだ暫くそのままにしておきます。

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2019年11月22日 (金)

11/19 ぴいたの葬儀

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葬儀の朝、ぴいたの全身を最後に拭いて箱に収め(家にあった空き箱でサイズが合った)買ってきたお花と大好きだったブロッコリーを入れます。
最後にブロッコリーを食べさせたかったけど、弱っていたから食べにくいかなぁとキャベツにしたのです。
でも結果的に最後になってしまったのだしやっぱり少しでも口元に持って行けば良かったかな…。

葬儀社に到着したら担当者とプランの詳細打ち合わせ。
待合室には他にも個別火葬の客が何組か、平日ですが混んでいます。予約は一杯。

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時間になると部屋に案内されて担当者は去りしばしのお別れの時間。
専用の棺(右の白い布のかかった籠)は頼まなかったのですが、ここで一瞬「段ボール箱はちょっとアレだったかな」と思いましたがまぁこの瞬間だけだしぴいたには我慢してもらいます。
野菜の箱でゴメン、探す余裕も無かったしサイズがちょうど良かったんだよ…。

リンを鳴らして焼香し合掌、撫でながらお別れ。
見ているとただ眠っているだけのように見えて本当に焼いてしまって良いのかと躊躇われますが、ぴいたの体はすっかり冷たく固くなっていました。
でも毛皮だけは変らず柔らかいのです。

担当者が戻ってきて隣の部屋の炉の前に行き自分でぴいたの体を台の上に横たえ、ブロッコリーと花も周りに並べます。
扉が閉まる瞬間は一番堪えますね…。
火葬が完了するまでは1時間、その間待合室で待ちながら骨壺セットを選択。
種類は色々あってシンプルなのも良かったのですが、モコモコでうさ耳型になるカバーのセットにしました。
ここで会計して、火葬代19,800円+骨壺セット5,500円=計25,300円のお支払いでした。
因みにキャッシュレス決済にしたので5%還元があるようです。

待合室には分骨用のキラキラアクセサリーや位牌、仏具などなども展示されていてお弔い用品もペット業界は充実してる様子。
他に待っている客で会計を耳にしたのは3組ですが、専用の棺(やっぱり気になる)を頼んでいたのは1組だけでした。

時間が来ると担当の方に案内されます。
するとトレーに小さな骨が綺麗に揃えて並べられていました。
一つ一つどの部分か説明されて臼歯も綺麗、そしてまず飼い主が脚の骨を拾って骨壺に入れ、中間の骨は担当者が入れ、最後にまた飼い主が頭と顎、喉仏を入れてカバーをかけて貰い終了です。
全く人間同様の手順のお見送りでした。

ところでペット葬儀はほぼ仏教式の様子です。
調べてみるとキリスト教式も無いでは無いですが、稀。
我が家はぴいたの正式な飼い主の夫がキリスト教、私が浄土真宗ですが、ぴいたについては一般的な仏教式で弔いたいと思います。

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ぴいたは小さくなって家に帰ってきました。 

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2019年11月21日 (木)

11/18 さよならぴいた

日付が変わる頃からぴいたの呼吸が弱くなって行き、脚が細かく震えています。
柔らかい毛を撫でながらぴいたとのお別れが近づいているのがわかりました。
そして夜明け頃に呼吸が停止。
立てなくなってから終わりまでの早さに唖然、まさかこんなにお別れが早いなんて心がついて行きません。
でも鼻も胸も動かないし暖かかったぴいたの体がどんどん冷えていきます。

現実を受け入れて葬儀の準備をしなくてはなりません。
慌てて検索したところペットの遺体の処理方法はいくつかあって

1.直接土に埋める
 →ハムスターやカブトムシはこの方法にしました
2.自治体の環境事務所に依頼
 →可燃物と一緒に焼却、手数料500円遺骨の返却なし
3.民間のペット葬儀社に依頼
 →価格は若干張りますが、うさぎは直接埋めるには大きいしゴミと一緒は嫌なのでこちらに決定

市内にあり人間の葬儀社が経営しているペット葬儀社に決定。
でも葬儀社に電話をしてしまうとぴいたとのお別れが確定してしまうようでなかなかかけられませんでした。

葬儀プランもいくつかあって

1.個別火葬
 →完全予約制で立会い、収骨、遺骨を自宅に連れ帰り可能
2.合同火葬
 →ある程度数が揃ってからまとめて火葬と埋葬、立会い、収骨、連れ帰り不可

とあるので個別火葬で遺骨は持ち帰る事にしました。
火葬料金はサイズと重さで決まり、うさぎは個別火葬代19,800円。
これに骨壺+カバーセット(うさぎは三寸で3,300円~種類色々)と希望する人は専用の棺(うさぎは7,150円)がかかります。
埋葬は合同埋葬(うさぎは11,000円)と1年更新の個別の納骨堂(ロッカー式で12,650円~/年)がありますが、ぴいたは自宅に連れ帰るのでこれはなし。

ペット業界も至れり尽くせりなんですね。
人の葬儀と一緒で悲しい中色々なことを考えなくてはならないので慌ただしい。
手配が終わってから供えるブロッコリーとお花を買いに出かけました。

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2019年11月20日 (水)

11/17 寝たきりに

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朝になってもぴいたの様子は変わりません。
こちらに気づくと起きようとして脚をバタバタさせますが、立ち上がれず。
体を起こしてあげてもやはり脚が踏ん張れず立てません。
顔の近くにペレットと牧草、キャベツを持って行くと顔だけ起こして懸命に食べます。
給水ボトルまで近寄れないのでこれも口元に持って行くとごくごく飲みました。

午後はキャベツと牧草を少し、水は給水ボトルだと飲めないようなのでスプーンで。
毛繕いも出来ないので全身を固く絞った暖かいタオルで拭き、寝たまま糞尿をするようになったので部分的にシャワーしてこれまたタオルで時間をかけて解して落とします。
ついでに寝たきりになったのでケージ内のトイレや牧草入れ等を全て撤去してペットシーツを敷きました。

夜、ペレットも牧草もキャベツも食べません。
口元を水でぬらすとペロペロ舐めました。

日付が変わる頃、だんだん呼吸が弱くなって行きました。

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11/16 立ち上がれなくなる

朝ぴいたの様子を見に行くと、いつもなら顔を見た途端に近寄ってきて激しくご飯をねだるのですが今日は横たわったまま。
四肢を掻いて起きようとするものの起き上がれません。
近年段々脚がおぼつかなくなっていて流石に老いが見えていたのですが、自力で立ち上がれないのは初めて。
その姿に「遂に来る物が来た…」と思いました。

手を添えて起こしてあげるととりあえず立ってゆっくり移動できます。
食欲はいつも通り旺盛でペレットと牧草を完食、ただ踏ん張りがきかないので毛繕いが上手く出来ない様子です。

そのまま経過を見守りましたが、夜には手を添えても立ったままの状態を維持できず寝たきりになりました。
相変わらず食欲はあり、顔の近くにペレットと牧草、キャベツを置くと顔だけをあげて完食。

動物病院に行くかどうかですが、朝の状態を見て注射や点滴で劇的に回復するとは思えませんでした。
そして弱っているうさぎにとって病院に行くだけでもストレスで、見知らぬ人(獣医)に体をいじられて針を刺され(注射)たりする事は恐怖以外の何物でも無いと思うのです。
過去に骨折で病院に行った時に獣医から、うさぎは被食動物なので診察中に恐怖で死んでしまうことも良くあると聞きました。
ましてやぴいたは高齢、人間なら90歳以上です。
痛い思いをさせて無理に延命せず、このまま自宅で見守ろうと判断しました。

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ぴいたは虹の橋を渡りました

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ぴいたは16日(土)に立ち上がれなくなり、18日(月)の朝に11歳6ヶ月で虹の橋を渡りました。

2008年7月に我が家に来て以来、飼い主家の都合で神奈川→埼玉→京都→千葉と引っ越し何度も環境が変わりましたが逞しく生き抜いてくれました。
自爆で骨折した事はありましたが病気一つせず、好き嫌い無く何でも食べて留守番も得意。
流石に年々衰えは見えましたが直前まで元気にご飯を食べて跳ねていました。
長い間飼い主夫婦を癒やしてくれて感謝しています、これからは月で私たちを見守ってくれると思います。

ぴいたの供養の為と何がしかの参考になればと、忘れない内に最後の日々について書いていきたいと思います。

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2019年11月14日 (木)

何となくですが

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何となくぴいたに覇気が無い気がします。

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食欲はいつも通り旺盛ですが。

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2019年11月10日 (日)

祝賀御列の儀を見に

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ウォーキング後、せっかく祝賀パレードの日に都心に来たので行ってみることに。
パレードが見えるポイントの最寄り駅はいくつかありますが、パレード終点近くで比較的に時間の余裕があり最寄り駅からも近い信濃町駅に移動。
駅から出ると多くの人が。

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沢山の警察車両が道路を閉鎖しています。

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で、パレード見学場所に入る為にはボディーチェックを受けなくてはならないのですが、こんな有様(^^;)
パレード開始は15:00、この時は14:00過ぎでしたが、この時点でもう見物場所は満員で入ることはできないし、ボディーチェックも時間切れで通過できないだろうと言うことですが一縷の望みをかけて(警察の方によると無理)並んでいる人々です。

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と、言うことで入場は諦めて正規の見物場所から離れた場所で待機。
見物列は緑で囲った所がチラ見えしています。

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見物列の背中をズーム。
ただいま祝賀御列通過中と思われますw
楽隊の音楽や雰囲気は味わえましたー!おめでとうございまーす!

パレード見物者は11万9千人と発表されていましたが、それはボディーチェックを通過した人数でしょうか。
我々のように離れた場所でパレード見物者を見物(^^;)していた人々も多くて多分信濃町駅周辺だけでも1万人位(もっとかも)はいたと思います。

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パレードが終了したので駅へと戻ります。
途中で陸・海・空の自衛隊と防衛大学校の儀仗隊の行進に遭遇。
さすがに儀仗兵、体格良い~ビシッとしています~。

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捧げ銃も。
これって本物で使えるのですよね。
儀仗兵でも陸・海・空それぞれ制服も装備も微妙に違います。

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両陛下は見ることは叶いませんでしたが珍しい物を見させて頂きました。

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「江戸から明治・大正・昭和・平成・令和」時代を巡るコース

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JR東日本の「「江戸から明治・大正・昭和・平成・令和」時代を巡るコース」に参加しました。
巣鴨駅で受付後MAPを受け取りスタートです。
大正大学の学生さんが受付しています。

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巣鴨駅前の商店街を歩き始めます。
商店街の軒の上には太陽光発電が。

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眞性寺です。
中山道に面していて江戸時代には旅人が道中の無事を祈ったそうです。

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境内は菊まつり期間で賑わっています。

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スタートしたばかりですが屋台のおでんで一息。

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いつも賑やかな巣鴨地蔵通り商店街の高岩寺(とげぬき地蔵尊)です。

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更に進んで行き、庚申塚も菊の花が並んでいます。

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今回のウォーキングをコラボしている大正大学です。
仏教系大学で学内にさざえ堂があります。

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こちらも菊の花で一杯。

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住宅街の中を抜けて

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石神井川沿いを歩きます。

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加賀公園です。
江戸時代には加賀藩下屋敷だったところで、周辺の地名は加賀、都内ですが周辺に加賀・金沢の名がついた施設も多いです。

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隣接して明治時代から終戦まで置かれていた陸軍板橋火薬製造所跡があります。
奥のコンクリートの建物は燃焼実験室、右の筒は弾薬性能を検査した弾道管です。

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更に住宅街を進み

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石神井川にかかる板橋です。
旧中山道にあり、板橋区の名はこの橋の名から来ているそうです。

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仲宿商店街を歩きます。
旧中山道の板橋宿がありました。

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板橋駅を横目で見て

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新撰組局長の近藤勇の墓です。
江戸末期に処刑され首は京の三条河原に送られ墓はこちらに。

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更に進んで宮仲公園にある皇后宮御歌の碑です。
1943年に香淳皇后が防空訓練を視察した時に詠んだ歌
「奈具散免無 古登能葉毛駕難 戦飛農尓波遠之能微轉 数具寿 也閑羅遠」
(なぐさめる言葉もありません戦場を偲んで過ごしている人々を)が刻まれています。
戦中に詠まれていますが反戦とも取れる歌ですね。

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山手線の上から大塚駅越しにスカイツリーが見えるポイント。

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最後のスポットの巣鴨プリズン跡の東池袋中央公園ですが、コスプレイヤーで一杯!

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コスプレのイベントだったのでしょうか、永久平和の碑は見つけられませんでした(^^;)

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因みに隣は同じく巣鴨プリズン跡のサンシャインシティー、対面には乙女ロードという立地です。

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いつも人で一杯の通りを道を歩いて

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池袋駅でゴールです。

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この後パレードの日にせっかく都心に来たのでサクッとラーメンでお昼を済ませて祝賀御列の儀を見に行くことに。
パレード見物の顛末は別記事でUPします。

本日はdoor to doorで27,404歩、17.81kmのウォーキングでした。
(パレード見物行きも含まれているので多め)

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2019年11月 9日 (土)

ターミネーター ニュー・フェイト

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時間が半端に余ったので「ターミネーター ニュー・フェイト」を見てきました。
ターミネーターシリーズの最新作です。

ターミネーターシリーズはT1、T2迄は良かったけれどT3を見て挫折、T2以来に制作にジェームズ・キャメロンが復帰し、アーノルド・シュワルツネッガー出演、リンダ・ハミルトンが28年ぶりにサラ・コナー役で出演と言う事で見に行くことに。
因みにエドワード・ファーロングがジョン・コナー役で!という宣伝もありましたが、まぁ懐かしいというかあれ出演っていうの?という感じです(^^;)

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時代ですかね、女性達が中心でお話が進みます。
いつもと同じように未来から敵と味方が送られてきて戦いながらのロードムービー。
しかし今までのジョン・コナーの活躍の結果、今作から未来の世界の設定が変わり新たなスタート、というかこれからもいくらでも話が続けられるというのは食傷気味。

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リンダ・ハミルトンは今作の出演の為にトレーニングを重ねたそうでお見事。
武器と車を簡単に用意できるサラ・コナーの資金源が気になりますが、どこかのツテを脅したりして入手しているのかな?
まぁリンダ・ハミルトンとシュワちゃんのコラボを楽しむには良い映画ですね。

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シュワちゃん演じるT800の外見上の変化(老化)はどう処理するのかと思いましたが、まぁ納得しました。
T800が人間を学んでテキサスの田舎でカーテン屋さん家業を営み悠々自適の老後生活とはほっこりしましたよ。
幸せだったのでしょうか、後悔していたのでしょうか。

「これじゃエンドレスループじゃん」というモヤモヤはありますが、ターミネーターシリーズの正統後継作として納得です。

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2019年11月 6日 (水)

老いは足から?

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ぴいたはもうすぐ11歳6ヶ月、元気ですがやはりというかだんだん足腰が弱ってきました。
ぴょんぴょん飛びはしますが、時々ヨボヨボしています。
うさぎも足腰から老いるのですね。

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食欲は旺盛です!

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2019年11月 2日 (土)

ネイチャーミュージアム!天空の石切り場を廻る鋸山絶景ハイキング

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JR東日本の「ネイチャーミュージアム!天空の石切り場を廻る鋸山絶景ハイキング」に参加しました。
鋸山と後半訪れる鋸南町は先日の台風で特に被害が大きかった所で気にかかっていました。

浜金谷駅からほど近い鋸山案内所で受付後、MAPを受け取りスタートです。
本日は見所が多く画像が多めです。(これでも絞りました)

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鋸山登山道につきました。
本来は三つある登山道の内左の車力道から上り真ん中の鋸山裏登山道から降りるコースでしたが、倒木被害の為左右の道は閉鎖中、今回は真ん中の鋸山裏登山道から上ります。
おそらく真ん中の道だけはこの日のために急いで復旧したのかと。
そして、裏登山道の名がある通り、ウォーキングというよりは軽登山でした(^^;)

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いきなり直登階段が続きます。

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岩場の様な所も、というか岩場の方が多かったかも。
ちょっとだけ鳥取の三徳山三佛寺を思い出しました。
鋸山登山道の方が角度は緩やかですが修験道な雰囲気が似ています。

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登り道の所々で振り返ると青い海が見えます。

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鋸山も台風15号の暴風被害が大きくて登山道の横でも倒木被害が。
登山道の上は残骸が片付けられています。

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どんどん登って行きます。
坂路は苦手なんですよ~(汗

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登山道脇には所々山野草が咲いていてくじけそうな心を励ましてくれます。

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崩れた尾根道も応急処置がされて安全に通れるようになっていました。感謝!

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岩の回廊が現れてきました。
鋸山は房州石という砂質凝灰岩の産地でその採石跡が鋸の様に見えるのでその名で呼ばれています。
(正式な名は乾坤山)

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石切り場跡です。
切り立った岩が迫力~。

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更に登ります。

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観音洞窟と呼ばれるところ。
採石跡が神殿のよう。

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切り通し状にになった石の回廊を抜けます。

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急傾斜の石段を登り

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東京湾を望む展望台です。
右下は金谷の街並み対岸は三浦半島。
空気が澄んでいれば左側に富士山が見える筈ですが、この日は地上が若干霞んでいました。
360度迄は行きませんが340度位は展望できて絶景です。
たくさん画像を載せたいところですが泣く泣く割愛。

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せっかく登ってきましたが再び降りて緑の回廊を抜け

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別方向に登って行きます。
今日のコースは坂道・階段を登ったり降りたり…。

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ラピュタの壁と呼ばれる所です。
切り立った壁から青い海が見えます。

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更にどんどん登って~

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日本寺に到着しました。
725年開基の古刹で、鋸山の南側一帯が寺域となっています。
岩に穿たれた百尺観音です。

ここまで来れば車で登れる表登山道やロープウェイで登って来る観光客が多く見られます。
ここから後半は駅ハイの正規コースを外れて散策します。

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上を見上げると地獄のぞきが、ここを目指して登ります。

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地獄のぞきです。
採石で切り取られてオーバーハング状になった岩から下をのぞきます。
横から見ると余計に怖い(^^;)
ここも絶景です。

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南側を見ると鋸南町。
やはりブルーシートに覆われた屋根が見られます。

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登ってきた北側。
中央部分の帯状に茶色い部分は倒木地帯です。
暴風が吹き抜けた部分なのでしょう。

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日本寺は広く見所が多いのですが、今回は倒木被害で閉鎖部分もあり、また体力の余裕が無いので御朱印を頂ける大仏広場を目指して降りて行きます。
途中の西国観音。

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階段をひたすら降り続けます。

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降りて降りて大仏広場まで来ました。
階段の連続で足が笑っています~~~。

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更に表参道側に降りて行きます。
薬師本殿。

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参道脇も避けられた倒木が置かれています。
余り報道されていませんが鋸山全体もかなり酷かった様子。

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緑の苔が美しい石の参道。
これも房州石なのかな。

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源頼朝が武運を祈願した折に手植えをしたという樹齢800年を超える大蘇鉄。

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1700年に建立の観音堂も被害を受けているようです。

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日本寺の境内を出て海沿いの国道を歩いてゴールを目指します。

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変化に富んだ海岸を見ながらテクテク。

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金谷漁港に着いて金谷観光案内所でゴール!
後半は全く駅ハイのコースを無視してしまいました(^^;)
登山道はちょっときつかったですが変化のある道や風景が楽しく歩きがいがありました。

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車に乗り隣の鋸南町へ。
保田漁港直営で人気のばんやへ。
海沿いなので被害が酷いです、今は部分的に営業再開中。

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生簀からあげられる新鮮な魚貝料理を頂きました。
お味の方は相変わらずです(^^)

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続いて道の駅保田小学校です。
廃校した小学校が道の駅になってここも人気の施設ですが、商業施設が被害に遭って仮設の売り場で営業再開中です。
レストランや宿泊施設やお風呂は無事だった様です。

報道を見ていると民家の被害が目立ちますが、等しく被害を受けている訳では無く風の通り道によって被害があるところと全く無事なところとずいぶん違いました。
車から見た限りでは海沿いで眺めが良い立地の商業施設や豪華別荘は軒並み被害を受けた様子。
民家は元より集客できる重要な観光施設(鋸山・日本寺・ばんや・保田小学校など)が早く立ち直ると良いのですが。

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本日のお土産

door to doorで19,509歩、12.68kmのウォーキングでした。

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2019年11月 1日 (金)

大堀川の自然を感じ、素朴な街並みを楽しむハイキング

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JR東日本の「大堀川の自然を感じ、素朴な街並みを楽しむハイキング」に参加しました。
地元の江戸川大学の学生さん達が主体となってコースを検討し、受付も担っています。

柏駅構内で受付後、MAPを受け取りスタートです。

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柏駅の西口側に降りて歩き始めます。

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柏駅から離れて陸橋で国道を渡ります。

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住宅街の中の緩やかな坂道を降りて行き

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大堀川沿いを歩きます。
川沿いには大堀川リバーサイドパークという遊歩道が整備されています。

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大堀川はその昔、利根川や手賀沼で採れた鰻を江戸に運ぶ際に中継地となったそうです。

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大堀川沿いにある農産物直売所かしわでです。
近隣の農産物が売られています。
参加者特典もあり、ウォーキング後半だったら購入したいものがあったのですが残念。

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大堀川から一旦離れます。
このあたりは柏市と流山市の市境です。

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成顕寺です。
1,500年程前の龍神退治の伝承から建立された寺院。

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庭園に緑が多く落ち着いた佇まいでした。  

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江戸川大学です。
本日の駅ハイをJR東日本とコラボしています。
構内は文化祭の準備でたけなわでした。

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住宅街を抜けて

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再び大堀川に戻り大堀川水辺公園です。
平常時は水辺公園ですが、大雨の際には水を溜める防災貯水池となります。

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ススキが輝いていました。

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住宅街を歩いて柏市内に戻り

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東武野田線の豊四季駅前で折れて

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東武野田線に沿って県道を進みます。

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途中にお米の自販機が。
お米の自販機は初めて見ました。

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県道を離れて豊四季台へ。

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豊四季台公園です。
周辺は1964年の東京オリンピック時に造成された地域。

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街中を進み

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柏西口第一公園です。
市民プールもあります。

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D51も展示されていました。
あちこちに機関車は展示されていますが、ここのD51は状態が良好です。

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さらに進み

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柏駅でゴールです。

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柏に来たからにはホワイト餃子、と思っていましたが営業時間にタッチの差で間に合わずステーキになりました。

door to doorで27,539歩、17.9kmのウォーキングでした。

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